シリア難民支援速報

The Road ×クーリエ・ジャポン|極寒の難民キャンプに訪れる“暖かい冬”の知恵|

2017.11.18
 cj_logo_blue_100px[ 本連載は、クーリエ・ジャポンとの連動掲載です。 ]
ヨルダンのザータリ難民キャンプで創刊された、“難民の難民による難民のための”月刊誌「THE ROAD(ザ・ロード)」。同誌から選りすぐった傑作記事や動画を毎月お届けする。

20171118_01

寒い冬に温かな幸せをもたらすシリア難民の知恵

今年もザータリ難民キャンプに冬がやってくる。灼熱の砂漠のイメージがあるヨルダンだが、キャンプ周辺は冬になると気温が氷点下になることもある。だが、ここに暮らすシリア難民たちは厳しい冬がやってきても、知恵と工夫を凝らして生活を楽しみ、シリアを偲ぶことを忘れない。

Text by Abeer Al-Eid and Suhaima Al-Ammari
Photographs by Mohammed Al-Refaee

 

ザータリ難民キャンプに暮らす、シリア難民の冬支度が始まった。砂漠地帯の極寒の冬を凌ぐため、人々はどんな工夫をしているのだろうか。「THE ROAD」が取材した。

オム・ラフィエ(44)は、空気が澄んだ冬が好きだと言う。とはいっても、ザータリ難民キャンプの冬は厳しい。ラフィエは、冬の間も家族が温かく快適に過ごせるようにと、準備の真っ最中だ。

食糧を貯蔵しておくことは、特に重要だと彼女は言う。マクドゥース(小なすのオリーブオイル漬け)、ヨーグルト、モロヘイヤ、オクラ、ぶどうの葉といった保存食は、シリア人が冬を越すために欠かせない。

さらに冬が訪れる前にはマットレスを洗い、仮設住居の修理をして、隙間から水や寒気が入ってこないようにする。

オム・マフムード(39)も他の女性たちと同じように冬支度で大忙しだ。

「私も家族も全員冬が大好きなの。冬の空気も好きだし、暖房のそばに家族みんなで集まって座るのも好きよ。冬に食べたら美味しい保存食もちゃんと貯蔵したわ」

もう少ししたら、シリア人の冬には欠かせないオリーブの塩漬けも作るつもりだ。さらに彼女は、子供たちを寒さから守るようにと、窓やドアなど仮設住居のあちこちを修理して回っている。

20171118_02

ヨルダンの冬は雨季でもあるため冷たい雨が降る

 こう聞くと、冬を迎える前のシリア難民の女性たちは大忙しだと思うだろう。だが、オム・カシムは、冬支度は大変じゃないし、お金もかからずに簡単にできるものだと話す。

貯蔵食はシリアにいたころも作っていたし、それによって家族が喜んでくれることが彼女にとっては何よりの喜びなのだ。

冬の初めは夜に急速に冷え込むことがあるので、仮設住居もしっかりと修理した。子供たちがいつでも着られるよう、温かい服も洗濯済みだ。

男たちも、冬支度には余念がない。

アブ・オデイ(48)は、雨水が仮設住居周辺にたまらないように排水用の細い溝を作る工夫をしているという。作業はとても簡単なので勾配のある土地に住む家族はやったほうがいいと彼はアドバイスしてくれた。

アブ・アリ(56)は、冷気が部屋に入らないよう、窓とドアをしっかり閉めるようにしている。冷たい雨風から仮設住居を守るためには、オレンジ色のビニールシートで覆う方法がおすすめだそうだ。さらに、雨が降っても地面がぬかるまないよう、仮設住居の周りにある土や石を取り除いているという。

「仮設住居をこうやって補強しておけば、冬も幸福と温かさをもたらしてくれる」と、アブ・アリは言う。

リサイクル水で植物を育てる私の庭は、美しい

 Directed by IN TRANSIT TEAM / Project Director Omar Braika / Supervised by Cyril Cappai and Hada Sarhan

世界的に水不足が問題になっているが、難民キャンプでも水は最も重要な物資のひとつだ。日本の国際NGO・JENはキャンプ内で水と衛生に関わる支援を担い、ひとりひとりに充分な水がいきわたるように尽力しているが、難民たちはシリアで暮らしていたときのように潤沢には水を使えない。

人々は限られた水を、どのように節約しているのだろうか? そのユニークな知恵の数々を、動画で紹介する。

 

00:00-00:05 ヨルダンにあるザータリ難民キャンプは、世界でも有数の規模だ。

00:06-00:07 そして、世界でも最も水が不足している国にある。

00:08-00:11 ザータリ難民キャンプに住む難民の数は約8万人。

00:12-00:17 キャンプの生活用水は地下水でまかなわれている。

00:18-00:23 ひとり当たり1日35リットルの水が確保されており、約3500立方mの水が毎日消費されている。

00:24-00:28 しかし、深い井戸からくみ上げる水がひどく濁っていることもある。

00:29-00:33  なぜなら枯渇するかもしれないほど、井戸の水が少なくなっているからだ。

00:34-00:39 最近、キャンプの水の消費量が急激に変動している。

00:40-00:43 その理由を探るため、数人の難民に節水の工夫をしているか聞いてみた。

00:56-01:02 私たちは第10区に住んでいます。ホースを使って、節水をしています。

01:04-01:15 (給水所から)水を運ぶときにバケツを使うと、水がこぼれやすいからです。こぼれる心配のないホースを使って水を運搬するほうが、節水になります。

01:19-01:40 私は、洗濯に使用した水を庭の植物の水やりに再利用しています。私の小さな庭はとても美しいですよ。

01:42-01:58 私たちはザータリ難民キャンプに5年住んでいます。ここで多くの水が使われていると知っています。だからこそ、節水のためにプラスチックボトルを再利用したシャワーを作りました。ボトルに小さな穴をたくさんあけてホースをつなぎます。フタをあけると、節水シャワーになる仕組みです。

02:05-02:12 私たちは、髭剃りをするときには水を蛇口から流し続けるのではなくて、小さなボウルに少しの水を入れ、無駄なく使うようにしています。

02:19-02:21 自転車をきれいにするために水を使うのは意味がありません。

02:27-02:32 かわりに水で濡らした布で自転車をふいています。こうすれば水をあまり使わなくて済みます。

02:42-02:48 衛生の知識を学ぶワークショップでキャンプにある水に限りがあることと、どのように節水すれば良いかを学びました。

02:53-03:10 神のご加護により、節水できています。私たちは果物や野菜を洗った水を植物にあげています。ここでは水が不足しているので、無駄にできません。

03:11-03:34 私たちは、水を大量に消費するか、節水するか、選ぶことができます。私は、節水することを選び、食器洗いに使用した水を再利用しています。

洗剤を入れて、床をきれいにするために使っているのです。節水は私のためでもあり、周りの人々のためでもあります。

The Road ×クーリエ・ジャポンの記事はこちらからもご覧いただけます。
.

 cj_logo_blue_100pxクーリエジャポンで連載中のコンテンツを、編集部のご厚意により、JENのウエブサイトでもご紹介させていただいてます。

The Road ×クーリエ・ジャポン|「まるで都市!」8万人が暮らす超巨大難民キャンプの暮らしとは?|

2017.10.17
 cj_logo_blue_100px[ 本連載は、クーリエ・ジャポンとの連動掲載です。 ]
ヨルダンのザータリ難民キャンプで創刊された、“難民の難民による難民のための”月刊誌「THE ROAD(ザ・ロード)」。同誌から選りすぐった傑作記事や動画を毎月お届けする。

A busy street at the Zaatari refugee camp in Jordan.
開設から5年が経ったザータリ難民キャンプ
PHOTO: SAMUEL ARANDA / THE NEW YORK TIMES

約8万人のシリア難民が生活するザータリ難民キャンプは、2017年7月で開設から5年を迎えた。シリア危機が勃発し、急ごしらえで造られたキャンプには、いまや数多くの商店や病院、学校が立ち並び、都市のような様相を呈している。

長引く避難生活のなかで、シリア難民たちの暮らしはどのように変化していったのか? インフラ整備やIT化が進み快適さが増した部分がある一方で、まだまだ満たされない思いもあるようだ。「ザ・ロード」の記者が住民たちに取材した。

開設から5年──ザータリ難民キャンプのいま
Text by Louay Saeed

「5年もここに暮らすことになるなんて、誰も想像しませんでした。ところが、時間はまばたきのような速さで過ぎ去っていったのです」

ザータリ難民キャンプに暮らす難民はみんなこう口をそろえる。

キャンプに初めて足を踏み入れたときには、誰もが数日でシリアに戻れるだろうと考えていた。どんなに悲観的な者でも、3~4ヵ月以上ここに留まることはないと──。

だが、シリア内戦の終わりはいまだに見えず、難民たちはザータリでの暮らしを続けざるを得なかった。先行きはまだ不透明だ。それでも彼らは依然として、故郷へ帰る日を夢見続けている。

ザータリ難民キャンプは、2012年7月にヨルダン北部のマフラック県に開設された。5年たったいまもなお拡大し続けており、キャンプというよりはまるで都市のようだ。ある統計によれば、ザータリ難民キャンプの規模は中東最大で、世界的に見ても最大級のクラスに入るという。

ザータリは、故郷シリアの国境からわずか15kmしか離れていない砂漠地帯にある。「ザ・ロード」ではキャンプ開設5周年を迎えるにあたり、数人の難民たちに取材し、長期にわたるキャンプ生活について語ってもらった。

アブ=ラエドは、ザータリに来た当初、ここに2ヵ月以上滞在することはないだろうと考えていたという。しかし、避難生活はすでに6年目に突入。彼の願いは、1日も早く故郷の村に帰ることだ。

「当初、難民たちはみんな布製のテントで暮らしていたうえに、何でも共有しなければなりませんでした。飲料水の入った水タンクだけでなく、トイレやシャワー、キッチンですらね。それが、コンテナハウスでの生活に変わると、共有していたものが各家庭に1つずつ設置されるようになりました」

ザータリでは、世界各国の人道支援団体が昼夜を惜しんで働き、インフラ整備を進めている。道路は舗装され、電気も通った。

現在は全家庭に上下水道をつなぐ工事がおこなわれている。完成すれば公共の水タンクから水汲みをする必要がなくなるので、これまで苦労して水を運んでいた女性たちが、重労働から解放される。

アブ=ユセフは「近いうちに家に帰れるから」と、毎晩のように家族を励ましてきた。ところが、気がつけばいつの間にか5年もの月日が流れていたという。

ザータリでの暮らしは最初のうちさまざまな問題があったが、いまはすっかり慣れた。アブ=ユセフは、家族とともに安全に暮らせるキャンプの生活に満足している。また、ザータリの教育プログラムはヨルダン教育省が管轄している。子供たちがちゃんとした教育を受けられることも、彼にとっては大きな安心材料のようだ。

アブ=イッサも、ザータリに着いたばかりのころは数週間ほどしか住まないだろうと考えていたが、いまのザータリでの生活は安定していると認める。

「開設したばかりのザータリには、小さなお店がいくつかあっただけでしたが、現在は、洋服屋やレストラン、床屋、仕立屋、大工、鍛冶屋など、ありとあらゆる店がそろっています」

「5年もここに暮らすことになるなんて、誰も想像しませんでした。ところが、時間はまばたきのような速さで過ぎ去っていったのです」

ザータリ難民キャンプに暮らす難民はみんなこう口をそろえる。

キャンプに初めて足を踏み入れたときには、誰もが数日でシリアに戻れるだろうと考えていた。どんなに悲観的な者でも、3~4ヵ月以上ここに留まることはないと──。

だが、シリア内戦の終わりはいまだに見えず、難民たちはザータリでの暮らしを続けざるを得なかった。先行きはまだ不透明だ。それでも彼らは依然として、故郷へ帰る日を夢見続けている。

ザータリ難民キャンプは、2012年7月にヨルダン北部のマフラック県に開設された。5年たったいまもなお拡大し続けており、キャンプというよりはまるで都市のようだ。ある統計によれば、ザータリ難民キャンプの規模は中東最大で、世界的に見ても最大級のクラスに入るという。

ザータリは、故郷シリアの国境からわずか15kmしか離れていない砂漠地帯にある。「ザ・ロード」ではキャンプ開設5周年を迎えるにあたり、数人の難民たちに取材し、長期にわたるキャンプ生活について語ってもらった。

アブ=ラエドは、ザータリに来た当初、ここに2ヵ月以上滞在することはないだろうと考えていたという。しかし、避難生活はすでに6年目に突入。彼の願いは、1日も早く故郷の村に帰ることだ。

「当初、難民たちはみんな布製のテントで暮らしていたうえに、何でも共有しなければなりませんでした。飲料水の入った水タンクだけでなく、トイレやシャワー、キッチンですらね。それが、コンテナハウスでの生活に変わると、共有していたものが各家庭に1つずつ設置されるようになりました」

ザータリでは、世界各国の人道支援団体が昼夜を惜しんで働き、インフラ整備を進めている。道路は舗装され、電気も通った。

現在は全家庭に上下水道をつなぐ工事がおこなわれている。完成すれば公共の水タンクから水汲みをする必要がなくなるので、これまで苦労して水を運んでいた女性たちが、重労働から解放される。

アブ=ユセフは「近いうちに家に帰れるから」と、毎晩のように家族を励ましてきた。ところが、気がつけばいつの間にか5年もの月日が流れていたという。

ザータリでの暮らしは最初のうちさまざまな問題があったが、いまはすっかり慣れた。アブ=ユセフは、家族とともに安全に暮らせるキャンプの生活に満足している。また、ザータリの教育プログラムはヨルダン教育省が管轄している。子供たちがちゃんとした教育を受けられることも、彼にとっては大きな安心材料のようだ。

アブ=イッサも、ザータリに着いたばかりのころは数週間ほどしか住まないだろうと考えていたが、いまのザータリでの生活は安定していると認める。

reMIGRANTS_MIDEAST_CAMP_1-625x352

ザータリの目抜き通りは「シャンゼリゼ」と呼ばれている
PHOTO: SAMUEL ARANDA / THE NEW YORK TIMES

支援物資の受け取り方も変わった。かつてシリア難民たちは、支援団体のもとに物資を受け取りにいかなければならなかったが、現在はスマート・カードが導入されている。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に登録している難民なら誰でも、1人あたり月20ヨルダン・ディナール(約3200円)がカードにチャージされる。それが食料配給の代わりなのだ。

「お金がチャージされると、携帯にテキストメッセージが届きます。いまはそのお金で、キャンプ内にあるスーパーマーケットで食糧を買っています」

だが、もちろん問題がないわけではない。ザータリには、病院や保健センターなどさまざまな医療施設があるが、そこで働く専門的なスタッフが不足している。電気の供給も安定しているとは言えない。

4年前にザータリに来たオム=エハブも、「内戦中の故郷のことを考えれば、安全なだけでもありがたい」と話す。だが、彼女も我々にある切実な問題を語った。

「ザータリはインターネット環境がよくないので、ヨルダン国外にいる家族と話したくても、満足に話すことができません。早くこの問題が解決することを心から祈っています」


.

ザータリの夜は長い
Directed by Qasim Al- Shahma, Ahmed Al-Natour, Mohammed Al-Attawi, Alaa Al-Balkhi, Ahmed Al-Salamat, Ahmed Ismail / Project Director Omar Braika / Supervised by Cyril Cappai and Hada Sarhan

夏のザータリ難民キャンプの午後は静かだ。灼熱の太陽が照り付ける昼間、人々はあまり表に出ない。その代わり日が暮れると、どんどん人が増えはじめる。

子供たちはカラフルな凧をあげ、サッカーに興じる。この時間が稼ぎどきとばかりに、商店もにわかに活気づく。レストランには食欲をそそる匂いが漂い、人々はショッピングを楽しむ。クラブは夜更けまで若者たちの熱気でいっぱいだ。

ザータリ難民キャンプの夜は長い。

The Road ×クーリエ・ジャポンの記事はこちらからもご覧いただけます。
.

 cj_logo_blue_100pxクーリエジャポンで連載中のコンテンツを、編集部のご厚意により、JENのウエブサイトでもご紹介させていただいてます。

The Road ×クーリエ・ジャポン|先の見えない「貧困」に立ち向かうシリア難民の少女たち

2017.09.15

 cj_logo_blue_100px [ 本連載は、クーリエ・ジャポンとの連動掲載です。 ]
ヨルダンのザータリ難民キャンプで創刊された、“難民の難民による難民のための”月刊誌「THE ROAD(ザ・ロード)」。同誌から選りすぐった傑作記事や動画を毎月お届けする。

20170915_JD_01
PHOTO: RAND AL-HAIRI

約8万人のシリア難民が避難生活を送るザータリ難民キャンプでは、生活のため、家族のために多くの幼い少女が働きに出ている。「ザ・ロード」の記者が少女たちに取材し、過酷な労働の実情や心境を語ってもらった。

貧困に立ち向かう少女たち
Text by Mohamed Al-Ruba’ee

照りつける太陽の下、16歳のファティマはトマトの収穫作業をしている。7ヨルダン・ディナール(約1000円、以下JD)ほどの報酬を苦しい家計の足しにするためだ。シリア難民のファティマは家族と共に、ヨルダンのザータリ難民キャンプに暮らしている。

ファティマは「ザ・ロード」の取材に対し次のように語った。

「この農作業はかなりの重労働ですが、男性だけでなく、女性や子どもも働いています。私は学校が夏休みの間、家族をできるだけ助けたくてこの仕事を始めました。父はずいぶん前に亡くなり、私たちを助けてくれる人は誰もいません」

仕事の日、ファティマはいつも4時半に起きて、作業着に着替える。日差しは痛いほどに強いので、顔や手はすべて布で覆い、目だけを出すようにしている。キャンプ内にある自宅を出ると長時間歩いて、作業場に向かう車に乗る。

午後2時頃に作業は終了。賃金をもらって、帰路につく。金額は働いた時間によって変わるが、自分が働いて稼いだ金を家に持ち帰るときが、一番幸せだとファティマは言う。

「お金があれば、必要なものを兄弟に買ってあげられますから。仕事から戻って少し休んだら、家族や友だちと過ごすいつもの生活に戻ります。いつか看護を学ぶことが、私の夢です」

ファティマと同様に、農作業で家族を支える10年生(中学の最終学年)のサラは言う。

「農作業が終わった後にお金を受け取ると、疲れが一瞬で吹き飛びます。仕事はもちろん大変ですが、努力の結果お金がもらえるのは嬉しいことでもあります。頑張ることは好きですし、それによって得るものを想像すれば、過酷な労働も楽しめるんです」

サラは朝5時に起きて作業場に向かい、着いたらすぐに収穫作業を始める。9時半を過ぎると耐えられないような暑さになるが、それでも黙々と働き続ける。家族に7JDを持ち帰るために。

「私が働くのは、家族にお金が必要だから。生活は貧しく最低限必要なものも手に入らない状態です」

夏休みが終わればサラは学校に戻り、卒業目指して再び勉学に励む。彼女の夢は、いつかジャーナリストになることだ。


.

華やかな婚礼の日
Project Director Omar Braika / Supervisor Cyril Cappai, Hada Sarhan

The Road ×クーリエ・ジャポンの記事はこちらからもご覧いただけます。
.

 cj_logo_blue_100pxクーリエジャポンで連載中のコンテンツを、編集部のご厚意により、JENのウエブサイトでもご紹介させていただいてます。

The Road ×クーリエ・ジャポン|激論! シリア難民の「引きこもり問題」を本気で考えてみた

2017.08.15

 cj_logo_blue_100px [ 本連載は、クーリエ・ジャポンとの連動掲載です。 ]
ヨルダンのザータリ難民キャンプで創刊された、“難民の難民による難民のための”月刊誌「THE ROAD(ザ・ロード)」。同誌から選りすぐった傑作記事や動画を毎月お届けする。

20170815_JD_youngstar_large
PHOTO: ALVARO FUENTE / NURPHOTO / GETTY IMAGES

ザータリ難民キャンプでも仕事や学校に行かず半年以上自宅にいる15~39歳の「引きこもり」の人の増加という問題が起きている。問題の根本を探るため、「ザ・ロード」の記者が関係者に幅広く取材した。

動画シリーズでは、キャンプ内のサーカス・スクールに通う子どもたちを紹介。「いつか雲に届くほど高く飛びたい」──宙返りやバク転などの技に没頭するうちに、彼らの夢は広がっていく。
ザ・ロードの詳細はこちらから

.

シリア難民の「引きこもり問題」を本気で考えてみた
Text by Ahmed Ismail Al-Salamat and Ahmad Mohmed Al-Salamat


「何もせず家にいると、自分がゆっくりと溶けていくロウソクになったように感じます」

こう語るのは、ザータリ難民キャンプに暮らすシリア難民カラフ・ムハンマド(25)である。

ザータリの若者の多くが、家族に養われている。妻子の収入に頼っている場合もある。彼らは仕事を探す努力をしないまま、若くして結婚し、「仕事がないのは社会のせいだ」と自分を正当化しているのだ。

支援団体「IMC : International Medical Corps」で「ライフ・スキル」研修を担当するサナ・アルカセムによれば、キャンプ内の若者の93%が、仕事もなく、キャンプ内の支援団体が提供する職業訓練コースへも参加せず、ただ家で時間をつぶす毎日を過ごしているという。助けてもらうことばかり考え、家族を当てにする者も多い。これが怠惰や依存でなくてなんだろう。

「戦争によって引き起こされた困難な状況が、多くの若者たちから働く意欲を奪っています。自営で事業を始める可能性も限られていますし、こういう状況が続けば、精神を病むことさえあります」と、アルカセムは言う。

冒頭のカラフ・ムハンマドは、シリア内戦が始まった当時、大学生だった。ところが、内戦のせいで学業を中断せざるをえず、ザータリ難民キャンプで避難生活を送るようになった。3年前からぜんそくを患い、働くこともできない。

「自分がただ時間を無駄にしていることはわかっています。毎日、午前1時半に寝て、11時に起きています。朝食をとり、午後2時頃からは昼寝をします。兄弟は働いているので、私に小遣いをくれます。私もときには、食料配給の粉末ミルクを売って小銭を稼ぎます。自分がこんなに弱く、無力な存在だとは思いませんでした……」

同じく中学3年生で学業を中断したムハンマド(19)は、自分に合った仕事がないのだから、仕方ないのだと話す。

「ザータリに来てから、仕事がないまま結婚をしました。費用は父が出してくれました。ザータリに来て以来、私は何もしていません。父がキャンプ内の支援団体で働いているので、生活には困りません。毎日することと言えば、電話で友達と話すだけ。仕事や職業トレーニングには、いまのところ興味はありません」

引きこもりの人が増える背景には、ザータリキャンプの深刻な失業問題がある。シリアでは農業をしていたマフムード・アルハリーリ(40)は、2012年にザータリに来て以来、ずっと仕事を探している。だが、どこに行っても、待つように言われるばかりだ。

「毎日、友人や隣人との会話で暇をつぶしていますが、心は陰鬱で退屈です。生活は、食料配給と、湾岸諸国で出稼ぎをしている親戚の仕送りに頼っています。こんな生活が正しいはずありません。シリアに戻り、再び農業ができる日を待ち望んでいます」

子を持つ親世代はこの状況をどう見ているのだろうか?

ウム・ワエル(37)は、母親の立場からこんなメッセージを送る。

「確かに、仕事がないせいで若者たちは無力感に苛まれています。でも、何度失敗してもあきらめずに、挑戦し続けてほしい。若者は、シリアを再建する未来への希望なのだから」

アブ・カリッド(55)は、父親としてこう話す。

「キャンプ内で、何もせずに家に閉じこもっている若者は多い。彼らは若者らしい『魂』を失ってしまったようです。『人は自分の蒔いたものしか刈り取れない』という諺を彼らに思い出してほしい」

前出のアルカセムは、多くの若者が父親と別れて暮らしていることも、この問題の一因だと考えている。彼らにはロールモデルとなる男親が身近にいないのだ。アルカセムはすべての若者たちに対し、仕事を探し続けたり、支援団体の職業訓練コースに参加するようにと働きかけている。


.

高く飛び上がると、雲に届いたような気持になる
Directed by Yaser Al-Hariri / Project Director Omar Braika / Supervisor Cyril Cappai, Hada Sarhan

00:30-00:54 ザータリキャンプには5年住んでいるよ。ここでは、勉強したり遊んだり。体を動かしたいからときどきサーカスにもいく。シリアにいた頃、兄弟姉妹やいとこたちと良く遊んだよ。その頃、僕は7歳だった。いまは10歳になった。
00:55-1:06 お父さんが「ザータリキャンプに行こう、そのほうがいい」と言ったんだ。シリアではたくさんの子どもたちが亡くなった。銃声が聞こえると、みんな泣き出した。
01:15-01:22 僕が喜んでいると、兄弟たちも喜ぶし、悲しんでいたら、みんなも悲しくなる。
01:28-01:38 サーカスに通って2年になる。最初は、いとこや友達のように宙返りがしたくて、サーカスに入った。
01:49-01:59 ザータリキャンプで、たくさん友達ができた。ほとんど、サーカスで出会った。はじめは、いとこしか知らなかったけど。
02:18-02:25 サーカスに行きはじめて、たくさん友達ができた。
02:39-02:50 難しくてできない技があると、友達が励ましてくれる。最初は簡単な技を練習して、成功したらどんどん難しい技に挑戦していく。一番難しい技ができるようになるまで。
02:54-03:00 僕にとって一番難しいのは連続技。でも成功すると、わくわく、嬉しくなる。
03:16-03:22 友達もいとこもみんなが好きな技だ。
03:35-03:45 サーカスに通う前は、いとこたちに後ろ宙返りや前宙返りを教わった。
03:56-04:01 最初は砂や土の上で練習した。
04:18-04:21 高く飛び上がると、まるで雲に届いたような気持ちになる。
04:33-04:50 将来は、お医者さんになりたい。どこにでも病気はたくさんあって、お医者さんは足りないから、僕は無料で患者さんを助けたい。お金を持っていない人もいるから。
04:52-04:59 僕の未来は真っ白だ。好きな色は緑だけれど、いまは白が好き。雲の色だから。

The Road ×クーリエ・ジャポンの記事はこちらからもご覧いただけます。
.

 cj_logo_blue_100pxクーリエジャポンで連載中のコンテンツを、編集部のご厚意により、JENのウエブサイトでもご紹介させていただいてます。

The Road ×クーリエ・ジャポン|イードの日、シリア難民は遠い「故郷」が見えるほど空高く飛ぶ夢を見る

2017.07.19

 cj_logo_blue_100px [ 本連載は、クーリエ・ジャポンとの連動掲載です。 ]
ヨルダンのザータリ難民キャンプで創刊された、“難民の難民による難民のための”月刊誌「THE ROAD(ザ・ロード)」。同誌から選りすぐった傑作記事や動画を毎月お届けする。

20170719_JD_A girl largeイードの日におしゃれをしたシリア難民の少女 COURTESY OF THE ROAD

イスラム教の断食月ラマダンの終了を祝う「イード・フィトル」は、ムスリム(イスラム教徒)たちにとって最も大切な祝祭の一つだ。ザータリ難民キャンプで暮らすシリア人たちもまた、故郷での盛大な祝宴に思いを馳せつつ、つつましやかに大事な慣習を続けるのだった。
ザ・ロードの詳細はこちらから

.

イードの喜びとシリアへの哀情に浸る日
Text by Ahmed Ismail Al-Salamat


ザータリ難民キャンプに祝祭を知らせるのぼりがはためき、子供たちは空高く飛ぶ夢を見る。「イード・フィトル(ラマダン明けの祝祭)」には、「遠く離れた家族の姿も見えるほど、高く高く舞い上がる」という意味がある。

キャンプで避難生活を送るシリア難民たちにとっても、イードは待ち遠しい祝日であり、故郷に思いを馳せる日でもある。

アフマド・アル・カティビ(25)は、イードに対する複雑な思いを次のように語った。

「シリアにいたころは、イードの日に遊園地に行ったり、新しい服や花火を買ってもらったりしたものです。難民キャンプにいても、もちろんイードはわくわくしますが、いまだにシリアに残る家族のことを想うと、心から幸せな気持ちにはなれません」

イードの初日には、朝起きて礼拝し、いとこたちがやってくるのを待つ。午後の礼拝の後は、親戚の家を訪ねる。

「シリアでは父と一緒に礼拝した後、母と朝食の準備をしました。朝食後は、祖父の家を訪問し、ゆっくり一緒に過ごした後、友達や親戚の家を訪ね歩きました。
遊園地は笑顔の子供たちであふれていました」

20170719_JD_kidsキャンプのなかのお店でおもちゃを選ぶ子どもたち COURTESY OF THE ROAD

ウム・カセム(56)は、シリアとザータリ難民キャンプでのイードの違いをこんなふうに嘆いた。

「昔は、みんな助け合って生きていたけれど、ここでは残念ながらみんな自分の暮らしで精いっぱい。シリアでは、イードの数日前から、子供たちの服やお菓子、おもちゃの買い物に夫と一緒に出かけたものだよ。イードの初日は、孫たちが朝早くから遊びに来ていた。私が笑顔で迎えると、孫たちは遊園地に行くお小遣いをせがんだものさ。

でも、ここでは同じようにはいかないね。孫たちにはもう4年も会っていないし、近所の人はだれも訪ねてきてくれない」

ムハンマド・アル・ナブルシは、シリアでは父から受け継いだ農園を経営していた。経済的にも恵まれていたので、イードの日には子供たちを喜ばせるためにたくさんの買い物をしたという。

「でも、残念ながら、ここでは仕事がないので、家族が最低限必要なものさえも手に入れることができません。イードのための新しい服やおもちゃさえ買ってやることができないのです。
イードの日が来ても、難民キャンプでできるのは、親戚を訪問するぐらいです。

子供たちに何もしてやれないのは辛い。早くシリアに戻って、失われた時間の埋め合わせをしたいです」

イードの思い出は人それぞれだが、その日に故郷シリアがいっそう恋しくなるのは、すべてのシリア難民に共通しているようだ。


.

イードの準備で華やぐザータリ難民キャンプ

イードが近づくと、ザータリ難民キャンプ最大の市場「シャンゼリゼ通り」には、ラマダン明けを祝うためのよそいきの洋服やおいしそうなお菓子が並び、祝宴を心待ちにする人々の顔には笑顔があふれる。動画にて、年に一度のお祭りに沸くザータリの様子をお届けする。

※動画のなかで人々が口にしているのは、「Kullu am wa antum bi-khair(よい1年となりますように)」というラマダン明けの挨拶。

The Road ×クーリエ・ジャポンの記事はこちらからもご覧いただけます。
.

 cj_logo_blue_100pxクーリエジャポンで連載中のコンテンツを、編集部のご厚意により、JENのウエブサイトでもご紹介させていただいてます。

1 / 3123