シリア難民支援速報

安心できる避難生活を目指して

2018.04.16

お礼とご報告:前編 | 難民キャンプの活動を終了しました。

2018年3月31日をもって、JENがザータリ難民キャンプで行ってきた支援活動を終了いたしました。この場をお借りして、支援者の皆様には深く御礼申し上げます。

シリア危機が始まった2012年、JENは多くの難民を受け入れるヨルダンでの緊急支援を開始しました。同国北部に設置されたばかりのザータリ難民キャンプと、全国に分散する難民とその受け入れコミュニティ(ホストコミュニティ)での支援を行うためです。

シリアとの国境に近いザータリ難民キャンプに避難する人びとの数は日を追うごとに増え、開設当初2万人弱だった人口は数カ月の内に最大で13万人にもなり、混乱を極めました。その後、長期化するキャンプ生活では、ニーズに合わせ活動も変化を続けました。

当初は、レセプションセンター(難民登録場所)での物資配布や衛生環境の整備が主な活動でした。洗濯場の設置、衛生知識を普及するための促進活動や節水の啓発活動 、公衆トイレや貯水タンクの設置と管理 、キャンプ内の清掃、上下水道の整備 等様々な活動を行いました。
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つづく

ヨルダンでの活動について、くわしくは、こちらから。

*JENが難民キャンプで行ってきた活動は他国際機関に引き継ぎました。

 


衛生教育の正しい知識を

2018.03.23

子どもたちが衛生的な行動を日々の生活習慣として身に着けられるようにするためには、親の理解が重要です。そこで、JEN衛生教育チームは保護者会(日本でいう、いわゆるPTA)向けに衛生セッションを開催しました。セッションでは、手洗いの方法など基本的なことから、子どもによく見られる感染症や生理に関する正しい知識を親と先生に伝えています。

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イルビッド県にあるハワラ女学校(Hawara basic school for girls)では、校長先生へのヒアリングをもとに、感染症予防や対策方法および衛生教育について正しい知識が得られるよう、セッションを行いました。
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感染症については、子どもによく見られるシラミや皮膚病について話をしました。シラミは感染していることに親や子どもが恥じて病院に行けないことがとても多いため、まずは家庭でできる治療法を紹介しています。

加えて、今回は女学校でのセッションであったため、生理教育についても話をしました。月経については文化的に話をすることをタブーとする親が多く、初潮を迎えた際に子どもが困惑するケースが多く見られるため、親が子に説明をすることの大切さを伝えています。また、昨今はインターネットでいろいろな情報にアクセスできますが、知識がないと正しいかどうか判断が難しいため、生理に関する正しい情報を伝えています。今までこのテーマについて人に聞くことができる機会がなかったため、親や先生からはたくさんの質問を受け、2時間にわたるセッションとなりました。

今回参加してくれた約120名の母親たちや先生方が、今後正しい知識を子どもたちやコミュニティに広めてくれることを期待しています。

 


子どもたちが安心して勉強できる学校づくり

2018.03.08

ホストコミュニティーチームでは現在、公立校11校の修繕および増築を行っています。

シリアとヨルダンの国境に位置するイルビッド県にあるマーロー女子校(Marw basic school for girls)では、教室および廊下修繕工事の一部が完了しました。この学校には、6歳から12歳のヨルダン人とシリア人の生徒318人が通っています。

ヨルダンの首都、アンマンと東京の平均気温は通年を通してほぼ同じですが、教室には暖房設備が備え付けられていません。廊下には窓がないため冷たい風が直接教室に吹き込んで教室が冷え込み、また、雨が降る日は廊下が水浸しになって滑り、とても危険でした。

今回の修繕工事では、廊下に窓を設置し、風雨を防ぎ、同時に床の張り替えも行いました。床は強度が高く、汚れにくく滑りにくい磁器タイルを使用することにより、安全に衛生的に長く使えるよう工夫をしています。

同校では4つの教室の増築工事も行っています。ヨルダンおよびシリアの子どもたちが勉強に集中できるような学校づくりを目指し、4名のJENエンジニアが日々工事現場に足を運んでいます。

<修繕前>
20180308_JD_01_before壁が低く(元の外壁の高さは右の白い部分)、落下の危険があったうえに風雨にさらされるため、雨が多い冬は特に危険。また、床はセメントのため汚れを吸収してしまい、不衛生でした。

<修繕後>
20180308_JD_02_after1壁を高くして補強し、窓をつけ風雨が直接教室に吹き込まないように修繕。床は強度が高く、汚れにくく滑りにくい磁器タイルを使用。

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教室内の塗装および床の修繕も行い、衛生的な教室で授業が実施できるようになりました。


The Road ×クーリエ・ジャポン|Vol. 15「嫁き遅れ」にはなりたくないシリア難民が急増中!

2018.03.01
 cj_logo_blue_100px[ 本連載は、クーリエ・ジャポンとの連動掲載です。 ]
ヨルダンのザータリ難民キャンプで創刊された、“難民の難民による難民のための”月刊誌「THE ROAD(ザ・ロード)」。同誌から選りすぐった傑作記事や動画を毎月お届けする。

「嫁き遅れ」にはなりたくないシリア難民が急増中!

不安定な暮らしが続くザータリ難民キャンプでは、「20年前の慣習」と見なされていた若年婚が急増している。その背景には何があるのか。自身も若年婚の経験者である男性記者が、難民たちに取材した。

なぜいま「若年婚」が急増しているのか

Text by Louay Saeed

ザータリ難民キャンプの住人の離婚率は高い。その一方で、若年婚も増え続けている。

キャンプ内では若年婚に対し、賛否両論の声があがっているが、「いつまでも独身のままでいたくない」という理由から若年婚に肯定的な女性も多い。だが、早すぎる結婚によって生じるさまざまな問題が認識されていないのも事実だ。

我々はキャンプに暮らす人々に若年婚についてどう思うか取材した。3人の娘の父親であるアブ・イムラン(50)は、若年婚反対派である。

「娘たちが精神的に成熟して世のなかを理解するまで、絶対、結婚を許しません。年齢で言えば18歳以上でしょうか。若年婚を許せば、結局娘たちを苦しめることになる。娘たちにはまずは勉強してもらいたい。結婚はその後です」

アブ・ハリードもイムランの意見に同調する。

「シリア内戦が起きる以前、若年婚はそこまで多くありませんでした。いまではザータリ難民キャンプで住民が集まると、必ず結婚、特に若年婚の話になります。(若年婚が増加する理由は)いろいろとあると思います。難民キャンプで暮らすうえで、若い女性は保護されなければならず、夫の家で守られるべきだと考える人が増えているのでしょう」

キャンプの第6地区で会ったウム・ハディは、14歳の娘を嫁がせた親戚の話をしてくれた。

「親同士が友人だったんです。新郎は17歳でしたが、2人は結婚して3ヵ月後に離婚しました。妻が家事をこなせなかったというのがその理由です。結婚の話を断ると両家の関係が悪くなると私の親戚は心配したようですが、14歳という年齢は、やはり結婚には早すぎます」

関連記事:
ナンパ男のせいで人生を壊されるのはゴメンだ! 少女たちが「Enough」と声をあげた|ヨルダン難民キャンプ発「THE ROAD」

アブ・オバダ(40)によれば、若年婚は男性よりも女性に強い影響を与えるという。

「若年婚によって、少女たちは自分の夢をあきらめなければなりません。我々の社会では、女性と男性に対する見方が違うのです」

20年前は、若年婚は珍しいことではなかった。だが、やはり若年婚は長期的にはうまくいかない場合が多い。若年婚反対派のアブ・バシャールも若年婚の多くは失敗に終わると話す。若い女性がちゃんと教育を受けて生きる術を学ぶほうが、夫婦にとっても良い結果となると彼は考えている。

キャンプで支援活動をするNGO団体などが、若年婚の減少に一役買っていると考えている人は多い。ウム・スレイマン(55)は、若年婚に関するあるセッションに参加したことで、そのリスクをよく理解できたと語る。

では、若年婚の賛成派はどのように考えているのだろうか。

ウム・ラーエド(57)は、「女性のいる場所は台所」だと考えている。若年婚によって女性は守られるし、若いうちに結婚しておかないと「行かず後家」になってしまうと彼女は心配する。ラーエドは、娘たちの教育にはあまり重きをおかず、全員若いうちに結婚させた。

アブ・マルワン(62)も、「我々の時代、若年婚は男性にも女性にも何の問題もなかった」と話す。

かくいう筆者の私も、16歳のとき14歳の妻と結婚し、娘たちを早く嫁がせた。いまは孫が結婚する年齢になっている。それゆえ、個人的には若年婚が問題だとは思っていない。夫のそばにいることほど、若い女性の安全が保証されることはないと思うから。

本を読む喜び

今日は待ちに待った本の日。支援団体から子どもたちのために児童書が配られる。内容は愛や平和について書かれたものばかりで、子どもたちのために厳選されたものだ。

娯楽の少ない難民キャンプでは、本はとても貴重だ。子どもたちは我先にと本を受け取り、夢中になって読みふける。

この動画のために特別に作曲されたヨルダンの人気バンド「Zaman Al Zaatar」の楽曲も素晴らしい。


The Road ×クーリエ・ジャポンの記事はこちらからもご覧いただけます。
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 cj_logo_blue_100pxクーリエジャポンで連載中のコンテンツを、編集部のご厚意により、JENのウエブサイトでもご紹介させていただいてます。

とあるNGOワーカーのごく平凡な一日

2018.02.15

朝6時、窓の外がうっすら明るくなっている。アラームが鳴るが、スヌーズを2回押す。

6時20分、観念して起床。手早く身支度。ヨーグルトの朝食。20分後にはアパートを出て徒歩5分のJENアンマン事務所の駐車場へ。

6時45分、4人の国際スタッフの乗せたバンが、途中でヨルダン人スタッフを2人拾って北へ向かう。まぶしい朝日を浴びながら1時間半の道のり。車の中ではうとうと。

7時50分、ザータリ難民キャンプに到着。ゲートでヨルダン警察にIDカードを見せ、キャンプに入る。ベースキャンプ(国連やNGOの事務所がある地区)のプレハブ型のオフィスに荷物を置き、キャンプ内の難民さん経営の小さなコーヒースタンドにコーヒーを買いに行く。コーヒースタンドの前にJENのスタッフも何人か集まっている。「サバーハル・ヘール」「Good Morning」…次々にやってくるスタッフに挨拶をしながら、コーヒーを飲みつつベースキャンプのオフィスでメールチェック。

9時。国際スタッフ、ヨルダン人スタッフの同僚と調査票作りの打ち合わせ。今までやってきた活動のインパクトを調べ、次の活動を計画するための調査。

10時。別のヨルダン人スタッフと一緒に、他団体のオフィスを訪問。パートナーシップで実施している活動が今月末完了するので、そのための事前打ち合わせ。

11時。JENオフィスで、ヨルダン人スタッフと引き続き、打ち合わせ。

12時半。JENコミュニティセンターの工事を見に行く。このコミュニティセンターはテントだったが、5年もたってボロボロになったので、サンドイッチパネルやトタン板を利用した簡易建築に建て替え。

【改築中のJENコミュニティセンター】
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その後、徒歩でベースキャンプのオフィスに戻る。1週間前まではとても寒かったのに、ここ数日は、急に春らしく暖かくなって、仮設住居前に敷物をしいてコーヒーを飲んだり、椅子に座って日光浴をしているお年寄りも多い。通りかかると「トゥファッダリー(どうぞ、寄って行って)」と、みんな声をかけてくれる。

シャンゼリゼ通りを通ってみる。5年前のキャンプ開設後、早々に商店が立ち並び、「シャンゼリゼ」と呼ばれたこの通りは、じつは最近はもう寂れかけている。キャンプが拡大するにつれて、キャンプの中心地も変わり、今や「マーケットストリート」と呼ばれる別の通りの方が、人通りも品ぞろえもずっと賑わっている。「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」ふと、そんな一節が頭に浮かぶ。

【シャンゼリゼ通りの今】
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14時。今日はアンマンオフィスで業務している同僚から電話。ミーティングのため16時頃までにアンマンに戻る予定だったが、少し早く戻ってきてほしいらしい。車の手配を変更し、14時少し過ぎにキャンプを出る。

16時頃。アンマンオフィス到着。打ち合わせ。

18時。打ち合わせを終える。早く終われたら、同僚とヨガ教室に行ってみようと話していたが、遅くなったのでまた今度。徒歩でアパートに戻る。同僚と3人で暮らしているがきょうはそれぞれで夕食。食後のお茶を飲みながら、少しおしゃべりしてから、20時頃に自室に。つい、ベッドにもぐりこむが、今日中に返信しなければならないメールが2通。「そうだ、スタッフブログの原稿も書かなくちゃ」。


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