スリランカの基本情報

国名 スリランカ民主社会主義共和国( Democratic Socialist Republic of Sri Lanka )
首都 スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ
人口 2,096万人(2015年)
面積 65,607km2
人種・民族 シンハラ人,タミル人,スリランカ・ムーア人
言語 公用語(シンハラ語,タミル語),連結語(英語)
宗教 仏教,ヒンドゥ教,イスラム教,ローマン・カトリック教

出典:外務省ホームページ(2017年1月現在)

井戸の修復支援

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ムライティブ県プドゥクリルプ郡は、北部紛争最後の戦闘地です。2010年7月から避難民の帰還が始まりましたが紛争で破壊、放置されていた井戸の多くが使用できないため、人びとは生活用水を確保できません。そのような井戸を修復・清掃するとともに、井戸の維持管理を住民主導で行えるよう、一人ひとりにワークショップへの参加を促し、コミュニティの強化を実施しています。

北部帰還民への緊急支援

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北部では、2009年5月に26年続いた紛争が終結し、翌月からJENでは難民キャンプにて給水活動などの緊急支援を行いました。その後は、帰還民を対象に仮設住宅やトイレ建設、井戸の修復や清掃を行い、安全な生活用水を確保し、農業従事者へ生計回復に向けた基盤づくりをサポートしました。最大28万人以上の国内避難民を収容していた避難民キャンプは2012年9月に閉鎖し、北部ではおおよそ6年で12万6千人以上の国内帰還民を支援しました。

農業用井戸建設とコミュニティ強化

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バティカロア県キラン郡、ウェラウェリ郡、パッディパライ郡の住民を対象に生計回復支援を行いました。JENは農業用井戸を建設し、人びとの水へのアクセスを改善するとともに、作物の種苗を配布し、農業収入の向上を目指しました。効率化のみならず、JENの支援が終わった後も、自分たちで持続可能な農業が行えるよう、住民を対象にしたコミュニティ強化のワークショップや技術研修も実施しました。

6年間で約4万1千人の帰還民を支援し、2014年2月に東部での自立支援事業を終えました。

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オクラ、カボチャ、トマトなど、日本でもよく見かける野菜を含め18種類の種や苗を配布しました。また、野菜の苗作りや病気の知識、有機肥料のつくり方などより多くの収穫を得られるよう、JENのインストラクターが指導しました。

栄養・保健衛生活動 (2008年4月〜2008年10月)

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帰還地では、避難と期間後の厳しい生活の中で、乳幼児、妊婦、そして高齢者は必要な栄養素を摂取しないことで栄養不良になり、煮沸しない水を飲んで下痢が頻発するといった健康問題が起こっていました。JENは、こうした厳しい状況に置かれた帰還民たち、特に女性世帯主や低所得者に対し、漁民に不足している野菜を自給できるよう、気候に合わせた環境にやさしく低コストの農法を指導しました。なす、おくら、トマト、唐辛子など9種類の種子と、バナナ、マンゴー、パパイヤ、ブドウなど9種類の果物の苗を配布し、共有スペースと、各家庭にて講習と実習を行いました。

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同時に、栄養分を逃がさない調理法や栄養バランスのとれた献立など、健康を維持するために必要な知識と実践法も指導しました。ロールプレイや寸劇などを取り入れながら保健衛生の講義を行い、正しい衛生意識、清潔な生活習慣を身に付けるよう促しました。また、簡単な栄養・保健衛生知識に関するマニュアルを作成し、各村に配ることで、帰還民以外の住民を含めたコミュニティー全体への波及効果を目指して活動しました。

カウンセリング (2008年4月〜2008年10月)

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栄養・保健衛生活動と並行して、JENの心理学専門家とソーシャル・ワーカーが、大人、子どもそれぞれに参加者に話しかけたり、各家庭を訪問したりしながら、こころに問題を抱えている人を識別したり、日常生活の問題点を聞き出し、カウンセリングを行いました。

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また、子どもに対しても、過去の辛い経験を忘れ前向きな気持ちを取り戻してもらうために、スポーツやお絵かきなどを実施。地元の伝統的な遊戯や、地元で人気があるクリケットに大勢の子供が参加しました。

漁協のキャパシティー・ビルディング (2008年4月〜2008年10月)

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JENは漁業協同組合(以下、漁協)に対して魚網製作訓練、ボートの配布、コミュニティー・ホールの建設などを実施しました。さらに、この漁協の活動を軌道に乗せるため、漁協が貯めた資産を住民全体の利益になるように有効に活用していくことを目指し、漁協組合員に対してリーダー・シップ研修、生活向上に向けた意識改革と、水産物の流通、そしてマーケティングなどについてワークショップを行いました。また、漁協に供給した漁具と管理と使用について、組合が責任を持って管理できるように助言するなど、地域全体のキャパシティー・ビルディングを行いました。

漁網編み〜漁民への支援 (2005年4月〜2008年4月)

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沿岸部に住む漁民の漁具やボートは紛争によって破壊されたり、失われたため、ほとんどの漁民が元の職業に戻れていませんでした。そこでJENは被災した漁民に対し、魚網の材料を配布して製作の指導を行いました。製作された魚網は漁協の所有とし、組合員が協同で使用していきます。共同作業を通じて、漁民同士のつながりを深め、技術も習得してもらうことで、漁民自身が自立への実感を持つことができます。また魚網製作の訓練実施中に、ソーシャル・ワーカーが話しかけるなどして、心の傷の状態を診察しました。手仕事を通しての対話なので、漁民も自分の内面を伝えやすくなります。同じ被災体験を漁民同士が共有していくことで、不安や焦りを取り除けるよう支援しました。

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後日談ですが、出来上がったロブスター用の網で早速漁に出た漁民の皆さんは、その釣果を JENのスタッフに贈ってくれました。

ココナッツ・ロープ、関連製品作り (2005年4月〜2006年3月)

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スリランカでは現地で安価に手に入るヤシ繊維を使った製品が、日常生活のさまざまな場面で活用されています。特にココナッツ・ロープは家の屋根や囲いを縛るのに使用されるほか、工事現場用ネットや茶葉用の袋など業務用に広く使用され大きな需要があります。帰還民は、こうしたココナッツ関連製品の製作技術をグループ作業を通して身につけ、異なる用途向けロープや、ロープを使って作成するマット、ココナッツ繊維を用いて作るほうき、ブラシ等の製作方法を学びました。

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また、製作したココナッツ関連製品を収入に結びつけるため、販路、流通についての知識を身につけたいとの強い要望を受け、マーケティングの知識を持つ専門家を講師として招聘し、流通、販路についての講習も実施しました。

津波直後の緊急支援事業 (2004年12月〜2005年3月)

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津波により家族や家財道具を失い、精神的にも物質的にも困難があった被災者の方たち。避難所から仮設住宅に戻り始めた彼らのニーズに応え、JENは食糧、水、衣類、生活必需品などの配布を実施しました。また被害の大きかった南部ハンバントタ県で、人々が元の生活を取り戻す為に必要な生活必需品の配布事業を開始し、2000世帯、約10,000人分の物資を配布しました。

野菜栽培 (2006年4月〜2007年12月)

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ハンバントタ県で漁業と同じく割合が高いのが農業人口でした。規模はまちまちで、半農半漁という家庭も多くありました。津波により無職無収入の状態が続いている世帯にとって、低コストで高い効果が期待できる有機農法を学び、野菜栽培を行うことで中・長期的な生活再建を目指しました。

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有機農業技術には自宅のごみを利用した有機肥料の作り方、周囲にあるハーブを生かした有機農薬の作り方、害虫駆除、苗の植え替え、効果的な水遣り法などがあります。こうした技術は地元農民にとって新しく知るものであり、一旦習熟すれば、近隣の村々にも堆肥の供与やワークショップ等を通じて広げることができるので、事業村だけでなく周辺にも建設的な効果が期待できました。

児童課外事業 (2006年10月〜2007年9月)

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職業訓練を行う事業村で、1日1回、被災した児童約50名を対象にスポーツなどの課外活動を行いました。スポーツやゲームは子どもたちが暫し没頭でき、体を動かしたり友達と話したりすることで、辛い記憶や津波で受けた心の傷を癒す一助となっています。活動にはスポーツインストラクターがつき、ウォーミングアップ、体操、レクリエーション等の指導を行います。スポーツ活動は、現地で人気の高いバレーボールとクリケットを、また宗教的理由で屋外で遊ぶことが難しいムスリムの女の子たちはチェスやカロムゲームを楽しむことが出来るようになりました。

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被災直後は波の音に怯え、海に全く近づけなかった子どもたちも、遊びを通じて徐々に海岸線に出られるようになりました。

カウンセリング (2005年4月〜2006年3月)

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職業訓練・児童課外活動参加者を対象に、ソーシャル・ワーカーや心理学専門家によるカウンセリングを行いました。どうしても引きこもりがちになってしまう被災者の方たちに、グループ作業に参加してもらい、他の被災者と痛みを共有し励まし合える関係を構築して貰うのが狙いです。彼らが作業やスポーツ活動をしている最中に、カウンセラーが声を掛け、押し付けにならない・さりげない心理療法を施すことを心がけて実施しました。参加した男性は最初、自分の弱さを見せることを嫌っていましたが、心の痛みを伝えたり共有したりすることで癒され、将来への前向きな希望を取り戻すことができたと語っていました。