シリア難民支援速報

The Road ×クーリエ・ジャポン|夫とは死別し、娼婦になるしかない…そして男たちからの暴力に耐える日々

2017.06.02

 cj_logo_blue_100px [ 本連載は、クーリエ・ジャポンとの連動掲載です。 ]
ヨルダンのザータリ難民キャンプで創刊された、“難民の難民による難民のための”月刊誌「THE ROAD(ザ・ロード)」。同誌から選りすぐった傑作記事や動画を毎月お届けする。

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第1回目は、女性記者たちが、その波乱に満ちた避難経験やザ・ロードに参加することで掴んだ新しい希望について語る。(ザ・ロードの詳細はこちらから


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故郷と夫を失い、娼婦になるしか稼ぐ方法はない…そんな私が見つけた新しい夢
Text by Mufeeda Al Musri

かつて私たち家族は、シリア南西部の都市ダルアーで平和に暮らしていた。

だが、2011年にシリア内戦が勃発。それからは兵士だけでなく、子どもや老人まで銃弾に倒れていった。戦況が悪化の一途をたどるなか、身の危険を感じた私たち家族は、同年、幼い子どもたちを連れて隣国ヨルダンに避難。シリア国境にほど近い場所にある、ザータリ難民キャンプに身を寄せた。

その当時、私の夫はアサド政権率いる政府軍に拘留されていた。生きているのか死んでいるのかもわからない夫を、私はヨルダンで8ヵ月待った。祖国から遠く離れたここ、ザータリ難民キャンプの仮設テントで、私は誰とも話すことなく子どもたちと孤独な日々を過ごしていた。

そんなある日のこと。追い打ちをかけるように悲劇が訪れた。夫が死んでいることがわかったのだ。辛く、悲しかった。

だが、現実は待ってくれない。幼い子ども達を養うため、私は仕事を見つけて働かなくてはならなかった。来る日も来る日も仕事を探して歩き回ったが、未亡人ができる仕事は娼婦ぐらいしかない。
数ヵ月後、やっとの思いで手にした仕事は、ウェディングドレスのレンタル業手伝いだった。収入が得られて家族を支えられるようになったが、私が孤独なのは変わらない。

満たされない日々を過ごしていたとき、ザータリキャンプで発行されている月刊誌「ザ・ロード」が、ジャーリスト養成ワークショップを開催することを知った。

私はすぐにそれに飛びついた。そして、ワークショップに参加した後に同誌で記事を書くようになった。
ワークショップでは記事の執筆とインタビューのやり方を学び、情報の客観性と信頼性を保持することがいかに大切かを叩き込まれた。いまでは本を読み、インターネットを使いこなすことで、情報収集に励んでいる。

そして、「ザ・ロード」を通して多くの友人ができた。いまの私はもう孤独じゃない。

私は、ジャーナリストの仕事を心から愛している。
内戦が終結し、シリアに帰ることができてもこの仕事を続けていくと思う。

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 長引く避難生活で、男の鬱憤のはけ口にされる女たち
Text by Muna

「絶望」に陥りやすいこの難民キャンプで、私はいつもそれに抵抗しようとあがいていた。

ジャーナリズムこそが、夫からの暴力に苦しむ女性たちを救う最良の方法だと、私は直観的にわかっていた。
だから「ザ・ロード」のジャーナリスト養成ワークショップに参加したのだ。

難民であること、そして難民キャンプでの過酷な生活によって、男たちは激しいストレスを募らせる。
そして女たちは、その鬱憤のはけ口となるのだ。

夫は些細なことで激怒し、暴力を振るい、暴言を吐いて、それで問題が解決したと勘違いする。
彼らは、女性が家事や子育ての面で家庭を支える、かけがえのない存在であることを忘れてしまうのだ。

私の知り合いのオム・アフマッドも、夫の暴力の犠牲者の1人だ。私は彼女が泣き叫んで助けを呼ぶ声を聞いた。

ジャーナリスト養成ワークショップを受けたおかげで、
私はいま自分の書いた記事によって女性たちの声を伝えることができる──
私はそれに大きな喜びを感じている。

私はこれからも、そしてシリアに帰還してからも1人でも多くの「オム・アフマッド」を救いたい。

このザータリ難民キャンプに住む人々が、私の書く記事によって
女性への暴力を根絶することに協力してくれること──それが私の願いだ。
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 映像プロジェクト「IN TRANSIT」 より [ Good Morning Za'tari ]


午前4時──。ザータリ難民キャンプに暮らす人々は、まだ暗いうちからモスクに集まり、祈りを捧げる。
そして夜明けとともに、キャンプはどんどん活気づいてくる。

「シャンゼリゼ」と呼ばれる目抜き通りには次々と出店が立ち、
焼き立てのホブス(シリアのパン)を買い求める人々で賑わいを見せる。

家の台所では女たちが朝食の準備をはじめ、濃いアラビック・コーヒーの香りが立ち込める。
ザータリ難民キャンプの1日が、またはじまるのだ。



The Road ×クーリエ・ジャポンの記事はこちらからもご覧いただけます。
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 cj_logo_blue_100pxクーリエジャポンで連載中のコンテンツを、編集部のご厚意により、JENのウエブサイトでもご紹介させていただいてます。

ザータリ難民キャンプでのトイレの設置と改修

2017.05.25

私はザータリ難民キャンプでトイレの設置・改修事業のアセスメントを担当しているモハマッド・アブ・シアムです。きょうはこの事業についてお話したいと思います。

ザータリキャンプは2012年に開設され、ここに避難してきた人びとは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から提供されたテントに住んでいました。トイレやシャワーを含む公共の水衛生設備や台所もUNHCRによって作られ、キャンプ内の地区中で、共同で使われました。しかし、時間の経過により、共同トイレの不便さや、夜間の安全上の問題もあり、キャンプの住人は自分たちの住まいの中にトイレを設置し始めました。

自分でトイレを作る人もいれば、そういった技術を持っている人に頼んで作ってもらう人もいました。その結果、共同トイレを使う人が徐々に減り、それにつれて共同トイレはすたれていき、使用されなくなった施設は解体されました。

その一方で、トイレ設置の技術やお金がないために、自分の住まいにトイレを設置できない家族もいました。また、何とかトイレを設置できたとしても、床に穴を開けただけのもの、周りに壁がないもの、換気設備がないものなど様々で、どれもキャンプの水衛生支援関連団体により定められた最低基準を満たしていないものでした。

JENはこのような問題を解決するためにトイレの設置・改修事業を始めました。
トイレ事業は、家庭のトイレ事情を改善することにより、難民たちが尊厳を持って生活できるよう、2016年4月にスタートしました。第一段階では自分たちのトイレのない世帯のためにトイレを設置し、第二段階では、キャンプ内の最低基準を満たしていない既存の世帯のトイレを改修しました。

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【事前調査の中で訪ねた家の、壁もドアも屋根もないトイレ】

事前調査チームは、メンテナンスチームのスタッフ3人と地域動員チームのスタッフ3人から構成されていて、事業実施前に研修を受けました。事前調査は二人一組で、設定された基準に基づいて行いました。まず地域動員チームのスタッフにより改善が必要なトイレかどうかを事前評価し、次いで住民から必要とされていることや計測等技術的な事前調査を行いました。

事業を進める中で多くの困難に直面しましたが、中でも、私たちの事前調査を地域が受け入れてくれるかが大きな挑戦の一つでした。なぜなら住人である難民の人びとは、トイレの改修工事のタイミングでキャンプ内では入手の難しい、住宅建材などを手に入れて少しでも自分たちの生活環境を良くしたい、とういう思いがあるからです。

私たちが評価対象にした約1850世帯の内、50世帯がJENのアセスメントを断り、また部分的な改修も断りました。私は責任者としてその家族を訪ね、JENの基準や彼らの家のトイレの状態について説明しました。

ある家族は考えを変え、私たちの提案を受け入れましが、ある家族は屋根やドアなど新しくしてもらいたい部分をわざと壊し、JENのスタッフを説得して欲しい建材を手に入れようとしました。

以下は、難しかった事例です。
私たちの事前調査によると、その世帯はトイレ設置にドア1枚と壁1枚が必要でした。彼らは最初この設置提案を受け入れていたものの、工事当日に考えを変え、トイレの設置を今ある場所でなく、家の外に新設することを求めてきました。私はその家族を再度訪ね、JENの基準と彼らの家のトイレの状態を説明しました。しかし、彼らはJENの決定を受け入れず、トイレの改修を断りました。結果的に私の上司の説得も、メンテナンスチームの説得も成功しませんでした。

もう一つの大変だったのは時間が限られていることでした。この事業では、JENが担当するザータリキャンプ3地区全てを13カ月で網羅しなければなりませんでした。一軒一軒の家庭の状況は様々で、メンテナンスチームはそれに合わせて異なるやり方で仕事をしなければなりませんでした。事業の期限を守りながらも仕事の質を保つため、メンテナンスチームのスタッフ数を増やし、さらにトイレ設置後の事後調査も実施しました。

事業期間を通して、2300世帯で事前評価を行い、1850以上の世帯で技術の事前調査を実施しました。そして、新しいトイレを168基設置し、1783基のトイレを改修しました。この結果はチームワークによる大きな成果と言えます。

私はJENで働き始めて2年になります。JENのスタッフとしてシリア難民を支援できることを誇りに思います。トイレ事業のあと、現在は上下水道網の建設サポートに携わっています。JENでの仕事を続け、人道支援の分野でさらに経験を積みたいと思っています。

JENヨルダン
コミュニティ モビリゼーション ネットワーク・オフィサー
モハマッド・アブ・シアム

 

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水供給ネットワークと排水路の建設

2017.05.11

ザータリ難民キャンプでは、世界でも類をみない難民キャンプでの大規模な上下水道の建設が行われています。この工事が完成する予定の2018年には、井戸から直接各住居まで飲料水が送られ、各住居の汚水はキャンプの南側に位置する汚水処理場に送られることになります。

そうすることで、現在、ほぼ毎日のように給水トラックがキャンプ中に設置されている貯水タンクに水を入れることも、汲み上げトラックが地下にある浄化槽から汚水を汲み上げる作業もなくなり、大幅なコスト削減や交通事故の削減が期待できます。

JENの大きな役割は「コミュニティを巻き込んだ建設サポート」や「建設業者のモニタリング」をすることです。

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【例えば、安全がしっかり確保されているかをチェックすること】

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【例えば、住民に事前に工事スケジュールや注意事項を伝えること】

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【例えば、ヨルダンの建設業者に雇われた、キャンプ住民の雇用ルールがしっかり守られているかチェックすること】

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【週末もJENスタッフは出勤して、モニタリング活動を実施します】

難民キャンプ住民、支援団体、ヨルダン建設業者、キャンプ内の警察が一丸となって取り組む大型建設プロジェクトです。JENは、いかにして住民を巻き込み、住民が自分のコミュニティを良くするために積極的に参加できる仕組みを考えながら、他の関係者と協力しながらこのプロジェクトの完成に貢献していきます。

 

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みたことのない故郷

2017.04.20

139人、120人、157人、132人・・・

ザータリ難民キャンプに関して、UNHCRが2週間に1回発行するレポートから、ある数値を最近2か月分抜き出してみました。

さて、これは、何の数でしょう?

実は、これは2週間の間にキャンプ内で生まれた赤ちゃんの数。毎日、ざっと、約10人の赤ちゃんが誕生しています。

ザータリ難民キャンプの住民、約8万人のうち、約20%が4歳以下の幼児です。毎日、新生児が難民キャンプの中で誕生し、ここで成長していきます。

難民キャンプでの子育てについて、二家族に聞いてみました。

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タイム(6か月)のお母さんの話
「上の子ダナが生後2か月の時、キャンプに来ました。タイムはキャンプ内の産院で出産しました。戦争の中、爆撃で破壊された病院の地下でダナを出産した時よりも、キャンプでの出産の方が、安心でした。ここは安全で、学校や病院のサービスもあり、キャンプでの子育てに、特に不安はありません。将来、平和になったら、シリアのダマスカス郊外の故郷を、子どもたちに見せたい。ダナもタイムも、一度もキャンプの外に出たことはありません。」

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アラ(3歳)のお父さんの話
「子どもは3歳から20歳まで10人。末の子のアラは、キャンプで生まれ、キャンプの外に出たのは3回ぐらい。近くの親戚の農園に連れて行った。アラは動物が大好きで、農園では、暗くなるまで牛や羊を眺めていた。キャンプからの外出には許可が必要で、交通費もかかるので、めったに子ども達を連れて外出はできない。ここの生活は囚われの身のようで、子育ては難しい。上の息子3人は、学校をやめてしまった。将来が心配なので、職業訓練を受けさせたい。」

難民キャンプで生まれ、成長する子どもたち。一人ひとり、今後、どんな人生を歩んでいくのでしょう。それぞれの個性や能力が尊重され、前向きな希望が持てるように、そしていつか故郷を訪れることができるようにと、願います。

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The Road ×クーリエ・ジャポン|シリア人女性コーチが奮闘!「世界に羽ばたく女子サッカーチームを作る」

2017.04.19

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ヨルダンのザータリ難民キャンプで創刊された、“難民の難民による難民のための”月刊誌「THE ROAD(ザ・ロード)」。同誌から選りすぐった傑作記事や動画を毎月お届けする。

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「いつか世界で戦えるチームにしたい」──2016年9月、欧州サッカー連盟(UEFA)などの支援により、ザータリ難民キャンプにスポーツ施設が完成。そこで女子サッカーチームのコーチを務めるアマール・モハマッド・ホウシャン(40)は、冒頭のような意気込みを語る。

美しい映像と音楽でザータリの日常を伝える動画では、長年、コーランの修復を生業としてきた老人にフォーカス。凄惨な避難の経験を振り返りつつ、難民キャンプでの希望を静穏に語る。
ザ・ロードの詳細はこちらから


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難民キャンプから世界最強の女子サッカーチームを!
Text by Qasem Al-Shahmeh

アマール・モハマッド・ホウシャン(40)は、幼い頃からサッカーが大好きで、いつか女子サッカーチームを作りたいと考えていた。

慣習や伝統に自分の夢が妨げられるなんて、許せなかった。通りで石を投げつけられようと、彼女が決意を変えることはなかったし、むしろ、これを挑戦と受けとめてさらなる努力をした。ホウシャンは強い女性だ。

20170810_JD_the maneger2【ザータリ難民キャンプの女子サッカーチームのコーチを務めるアマール・モハマッド・ホウシャン(40)】PHOTO: SUNDUS AL-HARIRI / THE ROAD

2016年9月、UEFAなどの支援により、ザータリ難民キャンプに「ハウス・オブ・スポーツ」という運動施設ができ、ホウシャンはそこでコーディネーターとして働きはじめた。彼女や他の女性たちの啓発活動によって、スポーツをする女性が増加したという。

さらにホウシャンは、念願だった20歳以上の女子サッカーチームを結成し、コーチに就任した。

「仲間と協力してメンバーを集め、女子サッカーへの理解を広めてきました。この取り組みは非常にうまくいっています」とホウシャン。

彼女のチームはすでにいくつかの大会で優勝しており、さらに上を目指すべく練習に励んでいる。最近、15歳以下の女子チームも結成した。

ホウシャンはこれまでの半生を次のように振り返る。
「子どもの頃からサッカーが大好きでした。サッカーの試合観戦が何よりも楽しくて、いつかコーチになることが私の夢でした。正直、家族や周りの人々から私の夢はよく思われず、さまざまな批判を受けました。でも、気にはなりませんでした。私の夢は女子サッカーチームを作ること、ただそれだけでしたから」

だが、その道は決して平坦ではなかった。ホウシャンはこう続けた。

「道を歩けば、人に石を投げられました。シリア人社会は保守的で、女性がサッカーをすることは受け入れがたいからです。しかし、いったい何が悪いというのでしょうか? 女子チームは、女子同士で試合をするというのに。

私には夫と5人の子どもがいますが、夫は理解してくれていますし、子どもたちにはシリアにいた頃からサッカーを教えてきました」

今後の目標は? という問いにホウシャンはこうこう答えてくれた。

「プロレベルの女子サッカーチームを作りたいです。世界的強豪と言われるほどの。難しいことではありません。固い決意は、不可能を可能にします」


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私に残されたもの – コーランを修復する男
Directed by IN TRANSIT TEAM / Project Director Omar Braika / Supervisor Cyril Cappai, Hada Sarhan

00:04-00:20 傷んだコーランを修復すれば、読んだ誰かがこう言うだろう。「これはいい。読みやすい」
00:28-00:47 私の名前はアブドゥラ・イッサ。(シリア南西部の)ダルアーから来た。1938年生まれだ。2013年2月2日の午後2時、家族とともにヨルダンのザータリ難民キャンプに到着した。
00:49-00:55 あれから4年と20日の月日が過ぎた。これらのコーランには抜け落ちたページがたくさんある。
00:56-01:12 シリアにいた頃は、コーランの修復が私の仕事だった。ここでも同じだ。モスクに行き、コーランを修復し、自宅に戻る。
01:22-01:40 誰かに修復方法を教えたいと、イマーム(イスラム教の聖職者)に言った。古くなったコーランを受け取ると、まずは損傷具合を調べる。そして、修復をする。
01:42-01:56 テープやのりを使って。このようにテープを貼り、直す。こちらも同じように。
02:25-02:32 (私は難民)キャンプに暮らしている。神のご加護により、皆と同じように。ここでは、皆、同じような暮らしだ。
03:07-03:16 お金はないが、キャンプにあるすべてのモスクを訪れる。シリアにいた頃は、神のご加護により、自分の資金でコーランを直していた。私のお金は神のものだ。
03:51-04:02 いまは賃金をもらっている。神の本を救うことで、神が喜んでくださったと感じる。
04:15-04:27 妻と息子とここで暮らしている。18人の子どもを授かった。6人の息子と12人の娘だ。(シリアにいる子どもたちは)どうしているか、数日おきに電話している。
04:30-04:36 10人はダマスカスに、1人は(ザータリ難民)キャンプにいる。全部で11人。 7人は亡くなった。
04:37-04:44 5人は病気などで小さい頃に亡くなった。残りの2人は戦争で死んだ。
04:47-05:03 妹の家に車に向かう途中、正面から銃撃された。車には運転していた息子、その母親と妹が乗っていた。息子は胸に2発、妹は首に銃弾を受け、亡くなった。
05:05-05:14 母親は指を撃たれたが、回復した。しかし、そのけがのせいでキャンプに来られなかった。
05:16-05:28 私たちは神の子。神のご加護で、御許に戻る。私は神に生命を捧げたい。
05:43-05:51 神のご意志で、よき最期を迎えたい。私にとっては、コーランの修復が最良のことだ。
06:02-06:15 シリアに戻ること、子どもたちが安全に暮らすことを望んでいる。私の人生に残されたのは、コーランを修復することだ。
06:16-06:18 シリアに戻り、モスクをめぐり、生命が尽きるまでコーランを修復したい。

The Road ×クーリエ・ジャポンの記事はこちらからもご覧いただけます。
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