シリア難民支援速報

「キャッシュ・フォー・ワーク」を通じた生活の改善 ~シリア難民女性、ラシャさんへのインタビュー~

2017.09.21

ザータリキャンプでは9月に入り、雲も見られるようになり35℃を下回る日も出てきましたが、それでも40℃近い猛暑がいまだに続いています。

今回の「シリア難民支援レポート」では、
1.「キャッシュ・フォー・ワーク」という、ザータリキャンプ内で行われている「有償ボランティア」制度について。
2. JENがこの制度を通してコミュニティセンターの守衛をお願いしている女性をご紹介します。
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1.「キャッシュ・フォー・ワーク」とは

「キャッシュ・フォー・ワーク」(以下、「CFW」と表記)は、難民自らがキャンプ内で「有償ボランティア」を行い、キャンプ内の環境改善やサービス向上に貢献し、対価をもらうことで自らの生活改善を目的とした制度です。

日本では東日本大震災の復旧・復興支援でもこの制度が活用され、自らが地元の支援に取り組むことで、被災者自身の手で復興を行い、同時に自立支援にも繋がる制度として注目されました。

JENではこの制度を通じて、キャンプの清掃員やJENの施設の守衛、補修工事作業員をお願いしています。JENでは通常仕事を見つけるのが難しい障がい者や、女性も積極的に活用することを目指してしています。

JENがコミュニティセンターの守衛をお願いしているシリア難民女性、ラシャさんのインタビューをご紹介します。

シリアでの生活やヨルダンのザータリキャンプへ逃れて、大変であったキャンプ初期の頃の生活、そしてCFWとして働き始めてからの彼女の生活の変化などを話して頂きました。

2.「この仕事は私に自信を持たせてくれた」~ラシャさんへのインタビュー

「ラシャと言います。現在28歳でシリアのダラア県にあるサフ村の出身です。」

20170921_JD_the interview1

【JENスタッフのインタビューに応えるラシャさん(写真手前)】

「シリアでは以前結婚しており、娘も1人授かりました。しばらくして夫と離婚してからは家族のもとに戻り暮らしていました。その頃は娘も小さかったことから、ほとんどの時間を家で過ごしており、病院や買い物など、必要な時以外は特に外出もしない生活を送っていました。」

「内戦が始まり、2011年11月26日にここヨルダンのザータリ難民キャンプに避難しました。あの頃はとても苦しかったから今でも日付をはっきりと覚えているんです。」

「最初は家族と娘、計10人で1つのテントを共有しており、トイレとシャワーを他の大家族と共有。上水のタンクも共有だったのでいつも水を汲みにいかねばならず、しばしば自分たちがもらえるはずの水量がもらえない、という日もありました。」

「今年の7月2日からJENでコミュニティセンターの守衛として働き始めました。毎朝8:00から12:00までが私のシフトです。仕事の内容は門の開け閉めや、コミュニティセンターにある物品の管理、そして他団体から預かり物をした際はJENのスタッフに連絡します。あとはここの清掃や植物への水やりを行っています。」

「この仕事を始める前は1日、特にやることもなく過ごしていました。外出する機会があったとすれば、病院に行ったり、食糧の配給を受け取りに行くことくらいでした。しかしこの仕事を始めて、自分に自信が持てるようになりました。」

「家族を経済的に支えることもできるようになりましたし、『支えになっている』と考えられるようになってからは、精神的にも強くなれました。以前は女性のためのCFWはほとんどありませんでしたが、私がこの守衛の仕事につけたことなど、状況がどんどん改善されてきています。」

「CFWの機会は私のようなシングルマザーの家庭にとっては欠かすことのできない収入源となっています。」

20170921_JD_the community centre2
【ラシャさんが守衛をしている第4地区にあるJENのコミュニティセンター】

JENではこのCFW制度を通して、ラシャさんのような女性や障がい者がいる家庭など、キャンプでの生活で現金収入を得にくい世帯の支援を今後とも続けていきます。

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住環境の改善に向けて

2017.08.24

8月も半ばにさしかかりましたが、ザータリキャンプでは相変わらず40℃近い暑さが続いています。

JENは、今年からザータリキャンプ内の最脆弱世帯に焦点をあてた、生活向上支援に着手しています。

ザータリキャンプでは、家族6人に対して3メートル×5メートルのコンテナ(キャンプ内では「キャラバン」と呼ばれています)が一つ提供されています。

それだけでは、生活をするには狭すぎるため、多くの家庭では、キャラバンの外にトタン板で屋根や壁を作り、そこにキッチンやトイレ等のスペースを作ることで、居住空間を広げて生活しています。

ザータリキャンプは荒野の上に作られたキャンプで、石などが多く平らではないため、多くの家庭では、その延長した空間に、コンクリートを敷いています。

しかし、車いす生活の方がいる世帯、介護が必要なお年よりが複数いる世帯、子どもがたくさんいる母子世帯等の中には、働いて現金収入を得ることが難しい家族も多く、平らではない土の床のままで、不便な生活を続けている家族が見受けられました。

そこでJENでは、8世帯にコンクリートの床を作り、生活が少しでも良くなるようにお手伝いをしました。

ここからは作業の様子を写真にてご覧ください。

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【意気揚々と材料を運ぶJENスタッフ】

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【トタン板に囲まれた家の中、毛布の下はこのように土の床があるだけです】

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【セメントを混ぜています】

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【土の床の上にコンクリートを均等に素早く広げていき】

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【1日がかりで完成しました!】

JENでは今後も、キャンプ内の最脆弱世帯に寄り添い、彼らのニーズに合わせた支援を続けていきます。

 

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ウィッキング・ベッド(貯水型苗床)の作り方

2017.08.03

ザータリキャンプでは、40℃を超す日々が続いています。ただでさえ少ない水の量がさらに限定される季節です。

そんな中、JENでは、節水型ガーデンプロジェクトを進めています。このプロジェクトの一番の特徴は、1日に2リットルしか要さない貯水機能付き苗床を利用するところです。この苗床を住民に配布し、花やハーブを育ててもらい、生活のよりどころにしてもらえれば、と考えています。

小さいスペースでも植物を育てられる、ウィッキング・ベッドの作り方を簡単にご紹介したいと思います。

20170803_JD_a samaple of the guardening
【写真上は、完成版です】

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【1. 1メートル×1メートルのコンテナを用意します】

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【2. このコンテナの底に水を流し入れるパイプを装置します。このパイプから水がしみ出るように小さい穴をあけておきます】

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【3. 砂利を敷きつめます】

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【4. 砂利の上に、赤土やコンポストを載せます】

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【5. 植物の苗を植えます】

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【6. 強い日差しを遮るためのネットを張ります】

7. 出来上がったら、水が十分に苗床に染み渡るように、約200リットルの水を少しずつ流し入れていきます。その後は、水がパイプを通り、土を介して下から上がっていく仕組みを利用し、毎日2リットルの水を流し入れ、植物を育てていきます。

このウィッキング・ベッドは住民が水の使用量を気にせず、好きな植物を育てられる環境が提供できます。

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The Road ×クーリエ・ジャポン|イードの日、シリア難民は遠い「故郷」が見えるほど空高く飛ぶ夢を見る

2017.07.19

 cj_logo_blue_100px [ 本連載は、クーリエ・ジャポンとの連動掲載です。 ]
ヨルダンのザータリ難民キャンプで創刊された、“難民の難民による難民のための”月刊誌「THE ROAD(ザ・ロード)」。同誌から選りすぐった傑作記事や動画を毎月お届けする。

20170719_JD_A girl largeイードの日におしゃれをしたシリア難民の少女 COURTESY OF THE ROAD

イスラム教の断食月ラマダンの終了を祝う「イード・フィトル」は、ムスリム(イスラム教徒)たちにとって最も大切な祝祭の一つだ。ザータリ難民キャンプで暮らすシリア人たちもまた、故郷での盛大な祝宴に思いを馳せつつ、つつましやかに大事な慣習を続けるのだった。
ザ・ロードの詳細はこちらから

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イードの喜びとシリアへの哀情に浸る日
Text by Ahmed Ismail Al-Salamat


ザータリ難民キャンプに祝祭を知らせるのぼりがはためき、子供たちは空高く飛ぶ夢を見る。「イード・フィトル(ラマダン明けの祝祭)」には、「遠く離れた家族の姿も見えるほど、高く高く舞い上がる」という意味がある。

キャンプで避難生活を送るシリア難民たちにとっても、イードは待ち遠しい祝日であり、故郷に思いを馳せる日でもある。

アフマド・アル・カティビ(25)は、イードに対する複雑な思いを次のように語った。

「シリアにいたころは、イードの日に遊園地に行ったり、新しい服や花火を買ってもらったりしたものです。難民キャンプにいても、もちろんイードはわくわくしますが、いまだにシリアに残る家族のことを想うと、心から幸せな気持ちにはなれません」

イードの初日には、朝起きて礼拝し、いとこたちがやってくるのを待つ。午後の礼拝の後は、親戚の家を訪ねる。

「シリアでは父と一緒に礼拝した後、母と朝食の準備をしました。朝食後は、祖父の家を訪問し、ゆっくり一緒に過ごした後、友達や親戚の家を訪ね歩きました。
遊園地は笑顔の子供たちであふれていました」

20170719_JD_kidsキャンプのなかのお店でおもちゃを選ぶ子どもたち COURTESY OF THE ROAD

ウム・カセム(56)は、シリアとザータリ難民キャンプでのイードの違いをこんなふうに嘆いた。

「昔は、みんな助け合って生きていたけれど、ここでは残念ながらみんな自分の暮らしで精いっぱい。シリアでは、イードの数日前から、子供たちの服やお菓子、おもちゃの買い物に夫と一緒に出かけたものだよ。イードの初日は、孫たちが朝早くから遊びに来ていた。私が笑顔で迎えると、孫たちは遊園地に行くお小遣いをせがんだものさ。

でも、ここでは同じようにはいかないね。孫たちにはもう4年も会っていないし、近所の人はだれも訪ねてきてくれない」

ムハンマド・アル・ナブルシは、シリアでは父から受け継いだ農園を経営していた。経済的にも恵まれていたので、イードの日には子供たちを喜ばせるためにたくさんの買い物をしたという。

「でも、残念ながら、ここでは仕事がないので、家族が最低限必要なものさえも手に入れることができません。イードのための新しい服やおもちゃさえ買ってやることができないのです。
イードの日が来ても、難民キャンプでできるのは、親戚を訪問するぐらいです。

子供たちに何もしてやれないのは辛い。早くシリアに戻って、失われた時間の埋め合わせをしたいです」

イードの思い出は人それぞれだが、その日に故郷シリアがいっそう恋しくなるのは、すべてのシリア難民に共通しているようだ。


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イードの準備で華やぐザータリ難民キャンプ

イードが近づくと、ザータリ難民キャンプ最大の市場「シャンゼリゼ通り」には、ラマダン明けを祝うためのよそいきの洋服やおいしそうなお菓子が並び、祝宴を心待ちにする人々の顔には笑顔があふれる。動画にて、年に一度のお祭りに沸くザータリの様子をお届けする。

※動画のなかで人々が口にしているのは、「Kullu am wa antum bi-khair(よい1年となりますように)」というラマダン明けの挨拶。

The Road ×クーリエ・ジャポンの記事はこちらからもご覧いただけます。
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 cj_logo_blue_100pxクーリエジャポンで連載中のコンテンツを、編集部のご厚意により、JENのウエブサイトでもご紹介させていただいてます。

The Road ×クーリエ・ジャポン|シリア難民に聞きました!「ラマダン、どう過ごしてる?」

2017.06.29

 cj_logo_blue_100px [ 本連載は、クーリエ・ジャポンとの連動掲載です。 ]
ヨルダンのザータリ難民キャンプで創刊された、“難民の難民による難民のための”月刊誌「THE ROAD(ザ・ロード)」。同誌から選りすぐった傑作記事や動画を毎月お届けする。

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5月26日、2017年のラマダンが始まった。イスラム教徒にとって1年で最も神聖なこの時期、ムスリムたちは信仰を深め、身を清めるために日の出から日没まで断食する。ザータリ難民キャンプでも、その慣習はしっかりと受け継がれているようだ。(ザ・ロードの詳細はこちらから

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シリア難民たちはラマダンをどう過ごす?
Text by Ahmed Mohammed Al-Salamat

ラマダンの期間中、イスラム教徒は日没後の食事に親戚や友人を招き、特別なごちそうやデザートを楽しむ。また、ラマダンは争いごとを終わらせる期間でもある。多くのシリア難民は避難生活においても、故郷での伝統や習慣を守り続けたいと願っているものだが、彼らはザータリ難民キャンプでいったいどのように過ごしているのだろうか?

アブ・ルアイ・アルハリーリ(29)は親戚を訪ね、シリアを懐かしみながら夜を共に過ごしているという。シリアにいたころは、家や通りに飾り付けをしてラマダンを祝った。だが、難民キャンプの生活ではそれは難しい。アルハリーリはそれを残念に思っている。

だが、ザータリでもちゃんと受け継がれていることもある。「アル・ムサハラティ」だ。

ラマダンの際には、夜明け前に礼拝(ファジュル)をし、日中の断食に備えて食事(スフール)をとる。このときにドラムを叩きながら祈りを捧げ、寝ている人々を起こしてくれるのが、アル・ムサハラティだ。この慣習はザータリ難民キャンプでも続いている。

「アル・ムサハラティの声で目を覚ますのは、とてもワクワクするものです」とアルハリーリは言う。

日没後の食事のテーブルには、なるべくいろいろな食べ物を並べるようにして、親戚や近所の人と分け合う。そのときは子供たちも大喜びだ。夜の礼拝「タラウィーヒ」の後には、互いに家を訪問し、楽しい時間を過ごす。昔は裕福な人が貧しい人に食べ物を分け与えたものだが、いまではあまりそういった光景は目にしなくなったそうだ。

ウム・アフメド(36)は、「シリアにいた頃は少なくともラマダンの10日前から準備に追われていた」という。

日没の食事のため、挽き割り麦にレンズ豆、それから米、チーズ、ナツメヤシなどを買っておかなければいけない。カマル・エディン(アプリコット)、リコリス(甘草)、タマリンドなどのジュース類も早くから準備していたという。

「親戚を訪ねてごちそうを楽しむ習慣は、難民キャンプでも変わりません。早くシリアに戻って、家族や友人とラマダンを祝いたいです」

ウム・アブドッラ(45)は、シリアでのラマダンをこう振り返る。

「ラマダン月が始まるとすぐに、知り合いに電話してあいさつをします。昔は、貧しい人や困っている人に毎日、必要なものがないか電話をして尋ねたものでした」

ラマダンの初日にはごちそうを用意し、それをご褒美がわりにして子供たちに半日だけでも断食してみようと励ました。この短い断食は「鳥の断食」と呼ばれている。

「懐かしい思い出です。ラマダンになると、ますます早く故郷に帰りたくなります」


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アル・ムサハラティ──夜明けを告げる人々
Directed by Yaser Al-Hariri / Project Director Omar Braika / Supervisor Cyril Cappai, Hada Sarhan

ラマダンの期間中、夜明け前の食事と礼拝のために人々を起こしてくれるのが「アル・ムサハラティ」だ。レダ・イブラヒム・サイードが、ザータリ難民キャンプでこの役割を務めるようになってからすでに3年がたつ。シリアでは人々を起こすためにドラムを叩きながら歩いたが、いまは代わりに水の入った瓶を使っているという。

まだ暗い空に響く彼の祈りは、ラマダンの朝の荘厳さを見る者に伝えてくれる。


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00:08-00:11 さぁ、起きてアッラーを称えよう。
00:12-00:14 スフール(夜明け前の食事)をとろう。
00:16-00:21 神を称賛するものは救われる。
00:24-00:27 アッラーの他に神はなし。モハンマドこそが神の使徒である。
00:28-00:32 起きなさい、アブ・ナディール、起きてスフールを食べよう。
00:34-00:36 夜が明けた。そして、いまこの瞬間、天地すべての主権がアッラーにあるのだ。
00:38-00:40 アッラーの他に神はなし。ムハンマドこそが神の使徒である。
00:43-00:46 起きなさい、アブ・ルストム、起きてスフールをとろう。


The Road ×クーリエ・ジャポンの記事はこちらからもご覧いただけます。
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