新潟

2004年10月23日に発生した中越震災。そして、その冬に見舞った19年振りの豪雪は、厳しい被災生活を強いられていた人にとって更なる大打撃でした。JENは緊急支援の後、村おこしまでを視野に入れた長期的なサポートをしてまいりました。
それから6年。2010年11月、JENが支援を続けてきた十日町市池谷・入山集落は、地震からの復興を遂げました。そして今、更なる発展へと向かって、村は新たに歩み始めています。

必要とされる支援を必要とする方々に届ける

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2004年10月23日に発生した新潟中越地震による新潟県の人的被害は、死者・重軽傷者併せ約5,000人、住家被害は120,123棟、127,635世帯という非常に大規模なものとなりました。
JENは2004年10月30日から、地震被害が甚大だった山間の農村である十日町市や川口町に、スタッフを派遣し支援活動を開始しました。そこで『ニーズを的確に把握し』『物資・人手の最適な振分けを指揮し』『必要とされる支援を必要とする方々に届ける』という調整業務中心の救援活動を実施。ニーズの把握、ボランティア隊の編成・派遣しました。ボランティアとの活動は、避難所や個人宅へ水や食糧の配達、避難所内の支援、家屋の片付け、農作業補助、災害により発生したごみ処理などの復興支援はもちろん、被災された高齢者の話し相手などを通して、心のケアも行いました。

被災した過疎村にボランティアの力を

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その冬に見舞った19年振りの豪雪は、厳しい被災生活を強いられていた人にとって更なる大打撃でした。


ただでさえ過疎化が進む山間の山村では、人手不足の為に満足に雪下ろしや農道・棚田の復旧作業もできず、ますます人離れが進んでいます。JENは、ボランティア派遣によって、被災地域の人々とともに過疎化に取り組み始めました。

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2006年お米の直販スタート
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除雪ボランティア「スノーバスターズ」
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農作業ボランティア

中越沖地震発生、支援の届きにくい山間地で高齢被災者への心のケアを実施

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2007年7月16日に発生したマグニチュード6.8の中越沖地震により、柏崎市・刈羽郡は死者11人、負傷1,454人、住宅被害30,086棟、避難者数11229人という甚大な被害をもたらしました。JENは、多くの方々のご支援を通して、西山ボランティアセンターの立ち上げ・運営支援を行いました。約2ヶ月半にわたり別山地区で高齢者を中心とした被災者支援として、全19回のボランティア派遣活動を行いました。事業期間を通して、計97名のボランティアを現地に派遣し、258軒のお宅を訪問、合計932名の別山地区被災者を支援しました。現地に派遣されたボランティアは、高齢者だけではできない屋内外の片付け、仮設住宅への引越し、地割れの修復、障子張りなど、ニーズに合わせさまざまな活動を行いました。こうした作業を行いながら、ボランティアが被災者の話に耳を傾け交流することで、孤独に陥りがちな高齢被災者の心のケアを行いました。活動最終日には3年前の地震で被災しJENが復興支援を続けている「十日町市地域おこし実行委員会」と別山地区の交流イベントを実施。被災コミュニティ同士の横の連携を深めました。

ボランティアとともに村おこし活動、そして限界集落からの復活

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新潟の震災以降、過疎化を止める地域振興活動として、地元新潟の人々と共に活動するボランティアの派遣活動を行ってきました。1年を通じて約10回の活動を実施。冬場の雪かきから始まり、夏場の農作業、道普請、森林の整備等、そして秋には村の収穫祭に参加して池谷入山の1年を盛り上げました。限られた日程・時間枠での活動となりますが、池谷入山は、訪れたボランティアにとって心の故郷になります。池谷入山を好きになってくれて繰り返し訪れるボランティアの方も増えました。村が賑やかになっていくことで、地域の方々の間でも喜んで頂いてます。

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2010年2月には都会の3人家族が、池谷に移り住みました。ボランティア活動を中心に地域での協力関係強化を行い、更に多くの方々にとって池谷入山集落が大事になっていく。そして遂に、2010年11月、JENが支援を続けてきた十日町市池谷・入山集落は、地震からの復興を遂げました。この6年間で、延べ1100名以上のボランティアが、ボランティアとして参加をしました。そして今、更なる発展へと向かって、村は新たに歩み始めています。